面白い文章

このサイトを開設してどのくらい経っただろうか。月々のサーバー代もそこまで高くないとはいえ、もう少し記事を更新していかないとハーゲンダッツが何個かは食えるんだから勿体ないと思い始めた。

最近は文章の代わりに映像で日記をつけているのだけれども、こうやって久しぶりに書いてみると文章が異様なほど手軽に感じる。このままツラツラ書いて送信ボタンをピッと押せばそれで完了なんだもんな。映像が手間なだけといえばそれまでだが。

はい、そこ、「そんなにラクならもっと更新しろよ」とか言わないようにしましょう。野暮ですよ。うそ、本当はジャンジャン言って欲しいです。

そうはいうものの、やっぱり文章も難しいのである。まず、どのくらいのボリュームで書くのが読者にとってベストなのか。いつも5000字くらい書いては半分くらいに整理して…みたいなことを繰り返しているのだけれども、そもそもエッセイの最適な字数とは一体どれくらいなのだろう。字数に関係なく、面白い文章であれば読まれると思っているのでそこまで気にしてはいないが、じゃあこれは果たしてオモロイのだろうか…と書き上げた後になって思うことは何度もある。オモシロにも色んなオモシロがあるからこれまた難しい。

そんなことを考えながら、余分だと感じたところを削ったり、上手く書けないところを何回も読み直したりしていると、結局時間がかかってしまうんだな。

魅力的な文章を書くためにはどんなことを押さえておく必要があるのだろう。有名小説の冒頭文、口語調のブログ、滝沢カレンのレシピ文など、世の中には素晴らしい文章が溢れている。

これは少し違うかもしれないが、近年はYouTubeのコメント欄がアツい。

半年ほど前の話だったか。名曲「終わりなき旅」を演奏しているミスチルの動画に

「これのタイトルってendless loving tripのほうがいいと思うw」

とコメントされてるのを見つけたことがあった。

おい、何だそれは。初めて聞いたわそんな感想。

ダサすぎんだろ。ぜったい終わりなき旅のほうがいいに決まっている。世界一マネージャーに向いてない奴か。

ひと通り心の中で呟いた俺は、次の瞬間、何故かそれをスクリーンショットしていた。

このコメントはその発想もさることながら、本人の表情などがイメージできないがゆえに本気で言ってるのか冗談で言ってるのかが分からないのが面白い。別に知らない人のコメントでも冗談かどうかは区別がつくはずなんだけどな。これに関していえば、「w」の文字が冗談であることを表しているのかもしれない。しかし、wがつくことでホントは本気で思っているけど、誰からも共感を得られそうにないからワザと冗談っぽくしながら意見を主張しているようにも見える。今あらためて読み直してみたが、読めば読むほどどんな感情が伴っているのか読み取れなくなってくるではないか。なんとカオスな一行であろう。おそらく本人の口から直接聞けばこんなミステリアスな気持ちは抱かずに済んだと思う。余談だが、このコメントには誰ひとり反応していなかった。

大貫妙子の動画にはこんなコメントもあった。

「私はブラジル人で、最近インターネットのおかげでJ-POPを発見しました。私はこの種の音楽が私に呼び起こす喜びの悲しみに有頂天でした。日本の文化、おめでとうございます OBRIGADO」

まず、シティポップは今やブラジルの人にも届いているらしい。世界中でブームが起こってるのは本当なんだなと今一度思い知らされる。サバンナ八木も喜んでいることだろう。

これに至っては、もう感謝の気持ちしか湧いてこない。素敵な文章だ。こういう文章だよ、求めているのは。最後のおめでとうございますでめっちゃ笑ってしまったけど。自国の文字で書いてくれても十分なのに、我々日本人のためにつたない日本語で一生懸命気持ちを伝えてくれているあたり、よっぽど感動したんだなということが読み取れる。本当にありがとうございます、ブラジル人。

返信欄にも

「『喜びの悲しみに有頂天でした』ってところが、バカボンパパの『賛成の反対の賛成なのだ!』を思い起こさせる」

とか

「日本語すごくお上手です!」

とか書いてあって、ほっこりさせられた。

俺も読んでいる人が喜ぶ文章を書きたい。どうすればいいのだろうか。岡山弁で書くとか?それもアリだとは感じるけど、伝わらなかったら意味がないもんな。何より、エッセイを書くときは読みやすく書くことを1番に心掛けている。かつて、竹原がやってた連載コラム「竹原慎二のボコボコ相談室」も、広島弁の口語調で書かれているのが面白く、出身地が隣の人間としてシンパシーを感じながら読んでいたけれど、誰が読んでも理解できる表現だった。リゾルトの林さんのブログ「たかがジーパンや!」も、関西弁の口語調で書かれているのが面白いけど、関西弁なんてもはや標準語だ。誰でも理解できる。

色々考えてはみるものの、結局できないことはできない。つまらん文章しか書けない自分の非力さにはガッカリするが、無理してダサくなってしまっては本末転倒だ。そう、カッコつけた文章だけは絶対書きたくない。

頭の中で面白いことを考えているのに文章で上手く表せない、もしくは逆に、文章は整っているのに内容がとてつもなくオモんない、みたいなことはしょっちゅうある。それでも、背伸びして難しい表現をこねくり回して、ただサブいだけの文章になるよりは何倍もマシだと思っている。背伸びせずに書けるならカッコいいけれど、背伸びして書くと尋常じゃないほど鼻につく文章が出来上がる。カメムシが鼻についたときよりクサい。そしてそのニオイは読んでいる人にも伝わってしまう。とても怖いことだ。細心の注意を払わなければならない。

そうやってあれやこれや考えていると更新が遅れてしまうのだ。要は発想力も文章力も必要だということ。簡単な話だ。

ちなみに俺がここ最近で1番いいなと思った文章は、マツイ(松井秀喜)が東スポに送ったお祝いコメントである。気になる人はググってみるといい。とてもウィットに富んだ内容で、マツイの頭の良さが窺い知れるので是非。

逆に、あなたの好きな文章はどんな感じのやつですか?(マツイのコメント、最近といったがもう何年か前の話かもしれない)

関連記事一覧